近代の日本は、急激に変化してきました。

戦後の復興、高度成長期からバブル崩壊までは、豊かさを手に入れるために、良くも悪くも大多数の人が同じような価値観をもち、同じような生き方を求めていました。実際に大手企業や公務員など安定した職業と終身雇用制があり、安定を外側に求めることができたのです。その反面、企業などの組織への依存度が高く、組織からの要求に応えるために、多くの人は自分のリズムを犠牲にし速いテンポで生活を送ることを余儀なくされました。その結果、「過労死」「燃え尽き症候群」「うつ病」などが増加していったと思われます。

バブル崩壊により、リストラ、企業の合併、終身雇用制の撤廃、そして行政改革など大きな変革が、政府レベル、民間企業レベル双方において急激に求められてきました。現在は、今までの古い構造が崩れ、混乱のなかから徐々に新しい構造が出来つつあるところだと思います。それは個人の生活にも大きく影響を与えました。バブル崩壊によって外側にある安定した基盤が突然失われたのですから当然です。また、安定した経済基盤を失うことはもちろん深刻なことですが、今まで何の疑いもなく持っていた価値観や人生観が失われたことからストレスが高まり心身を痛めている人も、予想以上に多くいらっしゃいます。

核家族化や少子化、祭りなど地域社会での共同作業の減少などによって世代間交流が気薄になり、文化的、民族的な根づきを失っていることや、インターネットが普及し情報が容易に得られ、生き方や価値観が多様化していたことにより、「自分は何を信頼して生きていけばいいのか」と、多くの人が人生を考え直すことを突きつけられたのです。少し前から「スローライフ」「ロハス」ということが言われ始めましたが、それも多くの人々が新しい生き方を模索している現れでしょう。このような大人社会の不安定さは、アイデンティティが確立されていない子供や青少年にも影響を及ぼし、「不登校」「引きこもり」「学級崩壊」「青少年犯罪」などが起きる背景になっていると思われます。

しかしながら、このような変化をネガティブに捉えるのではなく、社会にとっては購買意欲を刺激し大量消費を促す社会構造を省みて、自然環境、伝統、文化のなかにある智慧と豊かさを再認識する機会となり、個人にとっては社会の多数派に基盤を置く生き方から、よりパーソナルな、個人の内側にある欲求に耳を傾ける生き方に移行する機会となります。自分を抑圧して自分以外の流れやテンポに合わせて生きるのではなく、身体に根づいたリズムと自己の精神性を信頼して生きていくことが必要とされる時代に入りつつあるのです。

1994年より「インナー・サイレンス」という名称で、心理療法、ボディワークなどのセッションやプログラム活動を行ってまいりましたが、バブル崩壊後の社会情勢を鑑み、社会貢献の必要性を痛感し、かつ専門性を高めるために組織をあらため、2006年9月に「リズムセラピー研究所」を設立いたしました。
リズムセラピー研究所では、「誰もが固有の『身体に根づいたリズム』を持っている」ということを大前提としています。一人一人が自分本来のリズムを取り戻し、「身体」「こころ」「精神」に調和をもたらし、自分本来のリズムを信頼して人生を歩むことを理想としています。

私たちの生命活動はすべて、「自分にとって必要なエネルギーを十分に充電し、充電したエネルギーを無駄に漏らすことなく保持し、適切な時期にエネルギーを放出(表現)する」という一連のリズムによって営まれています。例えば、夜の睡眠と昼間の活動、食事の摂取と排泄、計画の発案から実行まで、作品の創作から発表まで、人との出会いから別れまでなどです。私たちは、この充電(Charge)、保持(Contain)、放出(Discharge)という本質的なリズムを活かし、社会のなかで自己実現していく力を潜在的に持っています。

私たちはこの本質的なリズムを持ちつつ、生まれてから心身が成長していく過程において、外界からの刺激や干渉などの影響を受けながら、後天的なリズムを身につけていきます。そして本質的なリズムと後天的なリズムは、複雑に絡みながら、性格構造や身体構造、身体の動きや行動、感情、思考、人間関係など、生命活動全般に影響を与えていくのです。

本質的なリズムに対して、後天的なリズムが共鳴し調和するならば、その人らしい表現が自然発生的に生まれ、仕事や人間関係を通して自己実現する力を発揮し、私たちは生きている実感と満足感、そして生命の輝きと躍動感を感じることができるようになります。しかし本質的なリズムを後天的なリズムが妨害してしまうなら、心身に緊張や葛藤を生み出してしまいます。リズムセラピー研究所では、本質的なリズムと後天的なリズム双方に気づきをもたらし、双方のリズムの間に調和をもたらすことを目指しています。

また、リズムには物理学でいう「同調化の作用」があります。それは17世紀のオランダで、クリスチャン・ホイヘンスという科学者が発見したもので、「二つの振り子を同じ部屋に置いておくと最初は別々に振れている振り子が、ある一定の時間が経つと同じリズムで振り子が振れる」という作用です。この「同調化の作用」により、個人には有機体としての調和をもたらすことができますし、他者との関係においては一人一人が固有のリズムを持ちつつも、他者と共鳴しあえることが可能となります。

リズムは、発達心理学者であるダニエル・スターンが述べているように、コミュニケーションの土台であり、特に情動レベルでリズムの同調は、他者と絆を形成する上での重要な要素なのです。私たちは他者との絆が形成されることで、世界に存在していいという実存的な安心感を得ることができますし、安心感があってはじめて「自分が何を欲しているのか」に気づき、自己実現に向かうことができます。

このようにリズムには、さまざまな力がありますが、そのことは太古の昔から世界の様々な文明のなかで、ドラムや踊りなどが儀式や祭り、治癒に使われてきたことから明らかです。「リズムの力」により、他人を支配したり蹴落とすような競争社会から、一人一人が個性や固有のリズムを持ちながらもお互いが尊重しあう社会が可能となります。それは家族や地域社会、学校や企業などの組織、自治体など行政など様々なレベルで可能であると信じています。また、この「同調化の作用」は単に人間同士だけではなく、自然環境がもつリズムとの間でも作用しますので、人が自然環境のなかに身を置いて自然のリズムを取り戻すときに、必要不可欠なものとなります。

このような「リズムの力」に意識を目覚めさせることにより、個人に調和がもたらされ、他者との違いを認め合える関係性や、自然と共存共栄できる共同体を創り出すことが、リズムセラピー研究所の理念です。「西洋の個人主義の良さ」「調和を重んじる東洋の良さ」「大地を感じて肚を据え、『身体性』を重んじた自然と共生していた文明の良さ」を統合する力が、リズムにはあると確信しています。

リズムによって調和がもたらされるなら、人は、愛、深い平安さ、静寂さなどの精神性を体現することでしょう。そして自分のリズムに意識を向けることはすなわち、自分のなかにある自然と出会うことでもあります。自分が自然の一部ということを深く理解することでしょう。