嬉しいはじまり


先日、町内会長さんがわざわざ訪ねてきてくださり
集落の決まり事などをいろいろと親切に教えてくださった。


地元のことは、全く分かっていないので
いろいろと教えて頂ける方が近くにいらっしゃるのは
本当に心強い。


挨拶を交わして帰られたが
数分すると、「ピンポーン」とまた鳴った。


今度は誰だろう、と思いつつ扉を開けると
先ほどの町内会長さんだった。


「これ、うちの田んぼで採れたコシヒカリだから食べてよ。
 美味しいって評判の米だからさ。」


このようなことを方言で話された。


なんとまあ、ありがたいことだろう。


夏、まだお隣りさんに挨拶をしたばかりの頃
軽トラが、奥寂庵の前で止まったかと思うと
集落の方が大声で、「これ、あげるから、食べな」と
野菜をくれたことがあった。


見知らぬ新参者に対して、なんというオープンさだろう。


受け入れられている感じがして、嬉しい「はじまり」になった。


ちなみに、画像の右側が町内会長さんのコシヒカリで
左側が前日に松之山の「おふくろ館」で買った松之山の棚田米。


投稿者 haruki : 2008年11月24日 11:03 | トラックバック (0)

雪囲い


雪囲いは、12月に来たときでいいと、たかをくくっていたら
町内会長さんにこう言われた。


「11月中旬には雪が降り出すから
 11月10日までには、雪囲いをした方がいいよ」


それで、雨が降っていたが急遽、雪囲いをすることにした。


挑戦を挑むワクワクする気持ちと不安とが入り交じる。


12月に来たときには、雪はどのくらい積もっているだろうか・・・。


投稿者 haruki : 2008年11月24日 11:15 | トラックバック (0)

準備万端の除雪車


12月に入り、雪掻きを覚悟して訪れたが
なんと、全く雪がなかった・・・。


嬉しいような、肩すかしを食らったような
複雑な気持ちになる。


でもやっぱり、豪雪地帯の冬を初めて経験するわけだから
最初からどか雪の出迎えでなかったことは、嬉しい。


豪雪地帯のこの辺りでは
至る所に、除雪車が待機している。


心強い限りだ。


投稿者 haruki : 2008年12月25日 08:49 | トラックバック (0)

食の愉しみ


毎回、越後を訪れるとき
楽しみにしているのは、食べ物だ。


特に直江津にある回転寿司は、大のお気に入り。


回転寿司だからといって、甘く見てはいけない。
なぜなら、ネタの多くが日本海の漁港で揚がった新鮮な海の幸だから。


安くて新鮮。
地産地消の良さだろう。


上の画像は、海老三昧(甘海老、白海老、ぼたん海老)と
まぐろ三昧(赤身、トロ、大トロ)だ。


甘海老、白海老は近海物だから、本当に旨い。



ぶり。


臭みが全くなくて軟らかく、これまた旨い。



大島区にある、あさひ荘の「舞茸の釜飯」。


舞茸は、この辺りの物産品だし
何より地元のお母さんたちが作った釜飯は、素朴で美味しい。



直江津にある、お気に入りのスーパー「イチコ」で見つけた牛乳。


出雲崎が近いこともあるが、良寛さまはどんな気持ちだろう。
もし生きていたら、笑っているかもしれないな。


投稿者 haruki : 2009年03月19日 21:54 | トラックバック (0)

かんじき


雪が少ないと言っても、それでも豪雪地帯。


重宝したのは、かんじきだ。


近くのホームセンターで売っていた
このかんじきは、なんと298円。


すぐに結び目が解けてしまうけれど
それでもコツをつかめば、結構歩ける。


雪国じゃないと、このような体験は一生しなかっただろう。


投稿者 haruki : 2009年04月08日 22:12 | トラックバック (0)

3月中旬の越後奥寂庵


2月中旬の「ろうそくの灯火」のイベントでは雪は少なかったし
それ以降も雪情報は入ってこなかったので
安心して越後奥寂庵に向かう。


実際に行ってみて、あまりの雪の少なさに驚く。
昨年、4月上旬に行った時は、まだ雪深かったのに
今年は、本当に少ない。


豪雪地帯は初体験であるから、雪が少ないのは素直に嬉しい。
なぜなら雪が多ければ、除雪に多額のお金がかかるから。


しかし、こんなに少ないと、温暖化が心配になってしまう。


お隣さんの80代のご夫婦にご挨拶に伺った時、こう言われた。


「私らが生まれてから、こんなに雪が少ないのは初めてだよ」


ありがたいけれど、複雑な気持ちだ。



家の周りの敷地には、ふきのとうがたくさん出ていた。
ふきのとうの天ぷらは好きだから、大歓迎である。


別のお隣さんと会って山菜の話をしていたら、こう言われた。


「これからは、ここは楽しみですよ。
 ふきのとうに始まり、いろんな山菜が採り放題ですから
 あっという間に、米袋がいっぱいになります。
 それにお隣さんの敷地には、水芭蕉の群生があるから綺麗ですよ」



これからの散策が楽しみだ。


投稿者 haruki : 2009年04月08日 22:19 | トラックバック (0)

窓からの風景


ようやく春になり、雪がすべて溶けた。


雪から建物を守るために、窓に付けていた雪囲いを取る。
途端に1階の屋内が明るくなった。


雪に埋まっている冬の間
薄暗いけれど静まりかえっていた屋内。


それはそれで好きだった。


雪囲いを取って窓を開けると
日の光とともに、蛙の鳴き声や鳥の声が飛び込んでくる。



思わず、畳にごろんと大の字になる。


目を閉じると、風が肌をかすめ、心地よい。


自然と呼吸が深まる。



目を開けると、柱や梁の模様が目に入る。


木の模様から、いろいろなイメージが湧いてきて楽しい。



まだ、家にある栗の木は、芽吹いていないが
門の脇にある桜は咲いていた。


窓から、風に揺れる桜の花が見える。


時を忘れて、いつまでも、ただ、ぼーっと眺める。



掃き出し窓に座り、脚を垂らす。


豪雪地帯なので、残念ながら縁側は作れない。


それでも、畳に座りながら
子どもの頃、祖父母の家の縁側に座っていた感覚を思い出す。



今度、訪れるときには、木々が芽吹き
田圃には苗が植わっていることだろう。


窓は、素敵な額縁だな。


投稿者 haruki : 2009年05月10日 11:34 | トラックバック (0)

尊敬するお隣さん


お隣さんのご夫婦は80代と伺っている。


月一度しか越後奥寂庵には滞在していないからわからないけれど
滞在しているとき、おふたりをお見かけすると
朝から晩までよく働いていらっしゃる。


おばさんは畑で、おじさんは田んぼでお見かけすることが多い。


特におじさんは、越後奥寂庵を挟んで、反対側に田んぼがあるために
一日何度も、トラクターで越後奥寂庵の前を通っていくので
会釈をしたり、立ち話をすることが多い。


4月は、田んぼで代掻きを手作業でされていた。
棚田にはトラクターが入らないようで、手を水のなかに手を入れて
泥を持ち上げている姿が屋内から見えた。


今回は、田んぼの畦を朝から晩まで刈払機で草刈りをされていた。


棚田の畦は、急斜面のため
刈払機をからだから離して、腕を伸ばして操作しなければならない。


もし僕が、おじさんと同じように
朝から晩まで負荷のかかる姿勢で刈払いをしたり、代掻きをしたら
筋肉痛で、数日でギブアップするのは容易に想像できる。


僕からすれば大変なことなのに、淡々と作業をされていて
越後奥寂庵の前で立ち話をしても、話だけに終わらず
井戸のポンプの様子を見てくれたり
山菜を見つけてくれたりする。


家に挨拶にお邪魔しても、明るい笑顔で出迎えてくれるし
本当に素晴らしいご夫婦だなぁ、と行くたびに感心している。


そして、何という80代だろう!


今回はおじさんに刺激されて
持って行った刈払機で2日間、日が沈むまで雑草を刈った。


僕が刈払いをした敷地は平坦にもかかわらず
予想通り筋肉痛。


でも、からだを動かすのは気持ちがいいし、ご飯がうまい。


やっぱりこの地は、大地に根づいている。



上の画像は、僕のお気に入りの刈払機で
下が35ccで上が25cc。


ホンダの刈払機は4ストロークで重たいが
排ガス、振動、騒音とも少ないので気に入っている。


平地で作業をするにはこのハンドルがいいけれど
棚田の畦を刈るにはループハンドルがいいことが、今回わかった。


そのうちループハンドルを手に入れよう。


投稿者 haruki : 2009年06月06日 11:38 | トラックバック (0)

過疎化の波


敷地内にある農地で、刈払いをしていると
80代のおばさんが、電動四輪車で近づいてこられた。


会釈して挨拶をする。


するとおばさんは、こう言われた。


「この間、田んぼで作業していたら、田植機が故障してしまってね。
 業者が取りにくるまで、お宅さんの土地に置かせて貰ったんだよ。
 断りもなく、申し訳なかったねぇ」


すかさず、こう答えた。


「こちらこそ、この土地に来た新参者なのに
 そのようなことを言われると恐縮してしまいます。
 どうぞどうぞ、居ない時は好きに使ってください」


たぶんおばさんは、代々この土地に生きている人だと思う。
僕からすれば、年齢的にも、この土地への根づき方にしても大先輩だ。


それなのに、僕のような新参者に
僕が居ない間に、道路脇のちょっとした空き地を使ったからと
わざわざ挨拶をしてくださった。


おばさんの人を思いやる懐の深さが、僕のこころに響いてきた。


このような会話は、当たり前なのかもしれないけれど
僕にとっては、ハートに豊かさをもたらしてくれる宝物。


このようなこころを持ちたいものだと、しみじみ思った。


それから、いろいろと話をしてくださった。


最近、旦那様を亡くされたこと、お子さんが3人とも地元を離れ
今は一人でお住まいのこと、腰が痛いから畦の草刈りができないことなど。


今度訪れたときは、ぜひ、おばさんの田んぼの畦の草刈りをさせていただこう。


このようなこころを豊かにしてくれる人と土地にも
過疎化の波がやってきていることを、なんとか食い止めたいと痛感した。


投稿者 haruki : 2009年06月06日 20:26 | トラックバック (0)

贅沢な食事


今回は、友人夫妻の来客があり
なんと、友人は、直江津港から釣り船に乗って
アジ5匹と真鯛2匹を釣ってきてくれた。


それにお馴染みのスーパー「イチコ」で
ボタン海老、ほうぼう、めばる、平目など地物の刺身を買う。


友だちは、越後奥寂庵のお祝いとして
大きな鯛を釣って持ってきたいと言っていたのに
大きな鯛は釣れなかったと、残念がっていた。


それでも、すごいご馳走になった。


こんなに美味しいアジの刺身は初めて!


真鯛も美味しいし、真鯛のアラで作った潮汁も格別。


地元のコシヒカリや山菜、枝豆も美味しいし
日本海が近いって、こんなに豊かなんだな、と実感。


忙しかったから、疲れた身体には、たまらない食事となった。


感謝。


投稿者 haruki : 2009年07月27日 08:23 | トラックバック (0)

七夕の夜


忙しい合間を縫って越後奥寂庵に訪れる。


日程的には、かなり過密スケジュールだったけれど
この時期に何とか行きたいと思っていた。


それは、ホタルを観たかったから。


ホタルは山梨でも、敷地の境界にある沢に出るけれど
越後奥寂庵のある上越市大島区は、「ホタルの里」とも言われているので
どのくらいホタルが出るのか、観てみたかった。


大島区では、毎年「ホタル祭り」が約3週間行われるし
ホタル祭りが行われる場所を通る道路には「ホタルライン」という名称が付いている。


ワクワクしながらホタルラインを走る。


時期を合わせて訪れたつもりでも、遅かったようで
残念ながら、すでにヘイケボタルは飛んでいなくて
保倉川沿いは、ゲンジボタルも飛んでいなかった。


でも、越後奥寂庵から車で5分のところにあるホタル見台に行ったら
森の中を結構な数のゲンジボタルが飛んでいた。


地元の人に聴いたら、ここは沢の水だから水温が低いために
他の場所よりも時期が遅いんだそうだ。


森のなかの広い空間に飛んでいる光景は
家で見るホタルとはまた違って素晴らしかった。


疲れてはいたけれど、やっぱり来てよかった。



カメラを設置してバルブ撮影をしたけれど
あまりに暗かったせいか、ネガを見ると真っ黒。


残念。


上の画像は、翌日昼間に撮影したホタル見台。
この森が夜になると真っ暗になり、ホタルが飛び交う。


来年は、6月中旬に訪れよう。


投稿者 haruki : 2009年07月27日 08:27 | トラックバック (0)

雪に囲まれる素晴らしさ


1月の豪雪体験のあと
2月もまだまだ雪深いだろうから
泊まることはできないだろう、と思いつつも
昨年感動した「大島区のほたるロード」「安塚区のキャンドルロード」に行く。


昨年より雪が多い分、小さなかまくらの数も多く、楽しめたが
予想通り、越後奥寂庵には泊まれなかった。


東京では桜が咲き始め
山梨でも梅が咲き始めていた3月下旬
さすがに越後奥寂庵の雪は減っているだろうと思い
軽い気持ちで出かける。


直江津ではもう雪はなかったが、大島区に入り
山々が近づくにつれて、雪の壁がせり上がってきた。


越後奥寂庵につくと
2月に来た時から、雪は少ししか溶けていなかった。


ただ、1月、2月と玄関前を雪掻きをしたおかげで
今回は雪掻きをしなくても屋内に入ることができた。


昨年11月以来、久しぶりに泊まる。


雪に囲まれていると本当に静かだ。


特に夜になると、静けさが増す感じがする。


音がないというだけではなく
場のエネルギーも静まるからだろう。


部屋の照明を消して、目を閉じる。
大きな太鼓を指先で優しく叩く。


余韻が静けさのなかに消えていく感じが、何とも美しい。


甘美、というのはこういう感覚なのかもしれない。


この甘美な感覚を、他の人にも体験して貰いたいと思った。


投稿者 haruki : 2010年03月27日 08:51 | トラックバック (0)

地元の方々との交流


まだ雪深い3月下旬
雪掻きをしなくても屋内に入れたし
久しぶりに泊まることもできた。


翌朝早く、屋外に出る。
受信メールを受け取るために
携帯の電波を捕まえていると、声がかかる。


犬の散歩をしていた地元の方だった。


挨拶をして、こんなに雪が残っているとは思いませんでした、と伝える。


「今年は、雪の量は通年通りだけど
 一晩に降る量としては、凄かった。
 まだ、2メートルは残っているからな
 これが溶けるのは1ヶ月後だろうな。

 でも、それからはいいぞ。
 山菜はたくさん採れるし、あそこの山の斜面にはカタクリが一面咲くし
 ハナショウブも綺麗だしな」


また、家から1本の電線が外されていたので
その理由を訊くと、光ファイバーが整備されたことから
要らなくなった配線を切断したとのこと。


雪の重みで切れてしまったのかと、不安だったが
これで安心。


光ファイバーのことは昨年から話は聴いていた。


私は、数年前からテレビを見なくなっているので
地上デジタル放送が受信できるメリットはない。
ただし、将来、ここで何かをする時のために
ネット環境と光電話が必要だから、協同組合には入っていた。


こんな中山間地域で、光ファイバーが整備されることに驚いたが
この地域は「地上デジタル放送難視聴地域」だから
地域情報通信が整備されたらしい。


雪で閉じ込められた場合、通信情報は死活問題になるのだろう。
不便だからこそ、情報が得られるように整備されたと思うと納得。


それだけ不便な土地だということを、あらためて痛感した。



午後、山梨に戻る支度をしていると
今度は、違う人から声がかかる。


「道路から玄関まで、雪を掘ってやろうか」


見ると大きなユンボが家の前に停まっている。


慌てて外に出て、ユンボを操縦している人に挨拶をして、こう伝える。


「これからここを出ますし、今度戻るのは1ヶ月後になりますから
 雪はこのままでも大丈夫です。
 でも、声をかけてくださり、ありがとうございます」


その後、来冬の雪の心配もあったので
いくらくらいで除雪作業をしてくれるかを尋ねる。
思っていたよりも安くやってくれることが分かり、嬉しかった。
その他、地元のことをいろいろと聴き、挨拶をして屋内に戻る。


少しして外を見て驚いた。


大きなユンボが玄関まで雪を掘って、あっという間にバックして道路に出て行った。
お礼を言おうと思って外に出たら、もう大分先に行って
お隣りさんの車庫の上の雪を掻いていた。


遠くからお辞儀をする。


今度戻るときは、お酒を持って挨拶に行こう。



帰り際、せっかくだから村役場に寄って
光ファイバーの手続きについて尋ねる。


受付で問い合わせの内容を話すと、奥から大柄な男性が近寄ってきた。


「僕は、あまり詳しくないけれど」と言いながら
木製の大きな机のある場所に案内される。


結果的には、プロバイダーとNTTに問い合わせて欲しいということだったが
そのことを15分くらいかけて説明してくださった。


本当に、この地には丁寧な人が多い。


昨年、庄屋の家に行った時も驚いたが
今回の村役場でも、同じ言葉が返ってきて驚いたことがある。


それはちょっと家の話をしただけで、こう言われるのだ。


「あぁ、以前○○さんが住んでいた家? お隣が○○さんだよね」


住所を細かく伝えた訳でもないのに、分かってしまう。
それがまた、不気味と感じるのではなく、何だか嬉しく感じられることが嬉しい。


ユンボを操縦していた人の言葉を思い出す。


「こんな辺鄙で雪深い場所に好き好んで来る人には
 親切にしたくなるもんだ」


何度も書いてしまうが、地域に迎え入れて貰っている感覚を
行くたびに感じられるのは、幸せなことだ。



越後奥寂庵の下にある、小川に架かる木橋の脇に
少しだけ土が見える。


そこに、フキノトウが見えた。


今度戻るときは楽しみだぞ。


投稿者 haruki : 2010年03月30日 19:14 | トラックバック (0)

摩訶不思議な土地


先週末、越後奥寂庵に戻った。


まだまだ雪が残っていたけれど
先月よりも更に減っている。


この日の前日、東京オフィスでのセッションをしてから
関越自動車道で六日町まで運転。


六日町インターの脇にあるジャスコで買い物をして
県道を通り、越後奥寂庵には夜に到着した。


ホッと一息ついて、掘りごたつで
買ってきた惣菜を食べる。


1階は、まだ半分以上雪に埋まっていることもあり
静けさに囲まれていて、外は真っ暗闇。


家のなかも、掘りごたつの上の電球と
囲炉裏の周りにある電球を少しつけているだけだから薄暗い。


薄暗く、しーんと静まりかえったなかで食べていると
どうも感覚が追いついてこない。


なぜなら、先ほどまでいた東京とは全く異なるリアリティだから。


しかも東京では、桜が散りかけているのに
奥寂庵では、まだ雪景色なのだから。


タイムマシーンで、過去に戻ったみたいだ。


就寝時、電気をすべて消すと
目を開けているのに、真っ暗闇。


これがまた嬉しい。



翌朝、早く目が覚めたので、掃除機をかける。
家の広さが200畳近くあるから、掃除機をかけるだけで、良い運動になる。


今回は1日弱の滞在。
越後奥寂庵での初セッションという記念すべき日となった。


掘りごたつでお茶を飲みながら始めるという
東京オフィスとは全く違うスタートである。


この地のエネルギーに包まれながらのセッションは、至福の時間だった。


このような機会を与えてくれたクライアントに感謝。



今回は、セッション中の訪問を含め
地元の4人の方とお会いできた。


お一人は、前もって約束をさせて頂いた方であり
もう一人は、たぶん僕がいることを知って訪ねてきてくださった方。


そしてあと2人は、たまたま門まで出た時に、お会いした。


ここは、困っていたり、疑問に思うことがあると
絶妙のタイミングで地元の方が現れて教えてくれるという
摩訶不思議な土地。


それだけ集合無意識で繋がっているからなのだろうか。


「村中の人間は、実は何かが化けている」という昔話を思い出して微笑む。


本当、この地は「日本昔話」の世界だな。


投稿者 haruki : 2010年04月13日 01:02 | トラックバック (0)

母性ということ


一昨日、東京から越後奥寂庵には夜に戻ったので分からなかったが
昨日の朝、外に出て驚いた。


5月中旬で、初夏のような陽気にもかかわらず
なんと、まだ雪が残っているではないか。


さすが豪雪地帯。


午前中に、タラの芽と山ウドを採って出かける準備をする。


今回戻ったのは、「全国引きこもりKHJ親の会 にいがた秋桜の会」主催
上越地区「引きこもりと家族のためのフォーラム」で
講演をさせて頂くことになったから。


講演後、主催側と懇談会でいろいろとお話をさせて頂いた。


お酒を飲みながら、主催者の方が言われた言葉が印象的だった。


「上越にも引きこもりは多くいると思いますよ。
 なぜなら、農村地域でしょ。
 皆、抱え込んでいるんだと思いますから。」



日本は母性社会であるが、この越後の地には特に
ユングが述べたグレート・マザーの力がかなり働いている印象を受けた。


なぜならこの地は、雪解け水によってもたらされる豊饒の大地であり
そこに暮らす方々には、温かさ、懐の深さ、優しさという人の良さがある。


それは、グレート・マザーのプラス面を現している。


その反面、母親が子どもを愛情の名のもとに飲み込むマイナス面も
起きているのかもしれない、と主催者の話を聴いて思った。


投稿者 haruki : 2010年05月17日 23:00 | トラックバック (0)

長野県北部地震の影響


東北大震災のときは東京にいて
地震のニュースを観たり
甲州街道で、家路に歩いて帰ろうと黙々と歩くたくさんの人達の姿を観て
とんでもないことが起きた、という感覚を持った。


その後のニュースで津波の映像などを観てさらにショックを受け
亡くなられた方のご冥福を祈り
辛い状況にいる方が少しでも楽になるよう
祈っていた。



東北大震災の翌日
長野県の栄村を震源とする震度6強の地震があった。


ただ、東北大震災の衝撃があまりにも大きかったために
長野県北部地震のことは気にはなりつつも
行動には移さなかった。


2004年の中越地震、2007年の中越沖地震のときも
越後奥寂庵にはほとんど影響がなかったので
安心していたこともある。



一週間経ってから、地元の方に電話を入れてみたら
思いのほか、被害が大きかったことに驚いた。


こう言われて、ハッとした。


「山向こうはすぐに栄村だからな
 松之山町と大島区は被害が大きかった。


 中越地震、中越沖地震よりはるかに凄い揺れだったぞ。
 最初に激しい縦揺れで、その後に横揺れが来た。
 その揺れで、家が倒壊したところも何件もあるし
 20名ほど避難したからな。


 おたくさんも、早く来て確認した方がいいぞ。」


電話を切ってネットで調べてみると
栄村の町役場から越後奥寂庵まで
直線距離で13キロしかなかった。


市のサイトで確認したところ、大島区は震度5強で
家の一部損壊件数は、80軒もあった。



昨日、心配で訪れる。


まだ雪が2メートル以上積もっているらしく
地元の建設業者に除雪をお願いしておいた。


この冬3回目の除雪のお願いだ。


雪は1月に訪れた時に比べると
大分減っていたので、助かったが
家のなかに入って唖然とした。



壁が剥がれ落ちている箇所が数十箇所もあり、襖が倒れ
3箇所にあるトイレのタンクの上蓋が、3つとも床に飛んでいて
食器棚から食器が落ちて、床に破片が散らばっていた。


薪ストーブや冷蔵庫も動いてしまい
修理が必要だろう。


玄関では、コンクリートにもヒビが入り
立て付けにも歪みが出ているので
基礎にも、影響が出ているかもしれない。


もちろん、水道とガスは止まっていた。



そして何よりもショックだったのが
1階の風呂場の床が5センチほど沈んでいて
亀裂が大きく入っていたこと。


雪が溶けないと、全体の被害状況はわからないが
地震保険で保険金が支払われても
それだけでは到底修復は無理だろう。



東北で被災された方々に比べれば
このくらいなら、御の字だ。


一時は落ち込んだけれど
今の状況で自分に何ができるだろうかと
あらためて問い直した。



投稿者 haruki : 2011年03月29日 11:51 | トラックバック (0)

冬支度


先週の土曜日、仕事を終えてから東京を出て
夜の12時を回る前に越後奥寂庵に着く。


今週の木曜日にまた奥寂庵に戻るが
富山と魚津に行く途中に寄るだけだから
先週末に一度戻る必要があった。


それは、11月中に雪囲いをしたかったから。



東京にいるときは、「雪囲い」という言葉すら知らなかった。


でも、越後奥寂庵にとって、4回目の冬ともなると
雪囲いは、生活の一部になった。


もし雪囲いをしなければ、1階が雪で埋まってしまうため
1階の窓ガラスは割れて、雪がなだれ込んでくることだろう。


今年は、雪囲い用の板のなかで朽ちてしまったものを捨てて
新しい板を作って貰ったし、基礎も補強したので
雪が多くても安心である。


ただし、昨日は雨が降っていたため
板が濡れていて重たく、雪囲いも重労働だった。


田舎は体力勝負だな。



先週から、上水道の工事が始まった。


今年3月12日の長野県北部地震の影響で水道管が破裂してしまい
今でも水道は仮設のままである。


業者さんによると、雪が降る前までに工事を終わらせるとのことだけれど
仮設水道から本水道に移行するのは、雪が溶けて地面が見えてくる
来年5月以降になるとのこと。



奥寂庵の裏を通る道は、地震で生じた地割れがひどく
今でも通行止めになっている。


ある地点では、数メートルにも渡る、幅2メートルほどの地割れがあった。


来年の夏には、道路が通れるようになって、鼻毛の池に行きたいものだ。


地震の爪痕は、まだまだ残っている。


投稿者 haruki : 2011年11月14日 23:26 | トラックバック (0)

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