里人の温かさ


最近、地元の人の温かさを感じる機会が増えている。


定期的に通っている病院では、先生、看護士さんをはじめスタッフが
患者さんと心を通わせているのが、その場にいると伝わってくる。


会話のテンポものんびりしていて
方言が入っていることも影響しているのだろう。
会話に入らなくても、その場にいるだけで心が和む。


先週、病院に行く途中、いつものガソリンスタンドに寄ると
店員さんがガソリンを入れた後に、笑みを浮かべて大きな袋を持ってきた。


「今朝、タケノコ採れたから、持ってって。」


大きなタケノコと灰が入っていた。
毎年、このスタンドで貰うタケノコは格別に美味しい。


その日の午後、里山を散歩していると
田圃の近くで、地元の農家の方が何かを摘んでいるのが見えた。


挨拶をして何をしているかを尋ねると
蕗味噌を作るために蕗を採っているのだと。
蕗味噌の作り方から始まり、地元のいろんな話をしてくれ
最後に「今度、家に寄ってくだされ」と、にこやかに挨拶をして去っていった。



翌日、地元の神社で神楽があった。


天照大神が天岩戸に隠れて世界が暗闇になった時
アメノウズメが滑稽な踊りを岩戸の前で踊ったことが
神楽の起源だそうだ。


その滑稽な踊りに神々は大笑いをし
その笑いに誘われて天照大神が覗き見をしようとしたところを
引っ張り出されて、再び世界に光りが戻ったのだと。


私は神道には詳しくないが
日本の神々は、なんと大らかで生命の輝きに満ちているのだろう。


本殿の奧に地元の知人が見えたので、遠くから会釈をすると手招きされる。
近づいていくと「よう来てくれたな」と声をかけてくれ
「家に飾って」と、神楽で使用する弓矢を手渡してくれた。


連日、里人の温かさに触れ、心が満たされる。



神楽から戻って休んでいると
ドアをトントンと叩く音が聞こえた。
玄関に出ると、地元の好々爺が佇んでいた。


「散歩をしていたが、疲れてしまってのぉ。
 ちょっとそこまで車で送ってくれないかのぉ。」


里人に連日、温かく接して貰ったこともあり
里人に恩返しが出来る気がして快く引き受け、車で送っていく。
車中では世間話をするが、なんとも話すテンポがのんびりしていて心地が良かった。



田舎暮らし関連の書籍や雑誌からは
「集落の人々との付き合いでは苦労する」と脅されてきた。
その脅しのため、里人とはつかず離れずの距離を保ってきたが
もしかしたら必要以上に過敏になっていたのかもしれない。


実際に接してみると、里人は温かい心と懐の深さを持っている。
そして何より、支え合って生きる共同体が里山にはしっかりと残っている。


自然と同様、里人もいろんなことを教えてくれ、与えてくれる。
里山を囲む自然とそこに生きる里人に、私はどんな恩返しができるのだろうか
と思いを馳せた。


投稿者 haruki : 2007年04月22日 12:24

露天風呂での出会い


先日、地元の温泉の露天風呂で
83歳になるというお爺さんに声をかけて頂いた。


生まれた時から、兵役の数年を除いて
ずっとこの地に住まわれているとのことだった。
現在も現役で田植えをされている。


「今じゃ、田植えをするにしても
 トラクターやコンバインなどを買い揃えると1000万になる。
 それじゃ、今の私らでできる田圃で米を作っても、利益は出ないんじゃ。
 でもなぁ、代々続いている土地じゃから
 やめるわけにはいかんだよ」

 
お子さん達は町に出て行ってしまったこと
村の組の人数も減っていること
山はお金にはならないこと・・・などなど
いろんな苦労話を伺った。


心のなかに「何か必要な時には声をかけてください」という言葉が浮かぶが
軽はずみなことは言えなかった。


それは、実際に手伝える時間がないからでもあったが
その方の人生、その方の家の歴史、村のしきたりに対する敬意からだった。


そのような苦労をされていても
「きたりもん」の私に対して寛容で
別れ際にこんなことを言ってくださった。


「空気が綺麗で、自然豊かなこの土地を十分楽しんでくだされ。」


別れてからも、私の心には温かさと切なさが入り交じり
「今の自分に、何か出来ることはないだろうか」という思いに、この日も駆られた。


投稿者 haruki : 2007年05月11日 00:03

氏神様


最近、里山の田圃に水が入った。


田圃に水が入ると、風景が一変する。
なぜなら、水面に風景が映り、景色に深みが出るからだ。


田圃の水面に映る風景を観ていて
東山魁夷の「緑響く」を思い出した。


最初に「緑響く」を観た時、湖面に映る逆さの風景が
みごとに描かれていて、感動したものだ。


魁夷画伯の描く絵は、画伯の心象風景であるとともに
多くの日本人の心象風景でもある。
だからこそ魁夷画伯の絵は、多くの日本人の共感を得ているのだろう。
私は「緑響く」を前にして、この風景のなかに入ってみたいと思っていた。


今日、集落のはずれにある農道を車で走っていて
ふと窓の外に目をやると、「緑響く」と似ている風景が飛び込んできた。


「緑響く」のような幻想的な風景ではないが
田圃に映る緑は、画伯の心象風景の世界に足を踏み入れた気がした。



「緑響く」では、水辺に白馬が描かれているが
私が撮った画像では、白馬の位置に鳥居がある。


田畑という生活の場に、精神的な支えとなる聖域があるのは
なんと素晴らしいことではないだろうか。


自然と身近な神々に対し、畏敬の念と感謝の気持ちを抱き
大地に根づいた生活を日々繰り返すことこそが
日本的霊性の象徴であるように思う。


里山では、そのような生活が延々と続いているからこそ
里人は懐が深く、優しいのではないだろうか。


最近、心が痛む事件が新聞を賑わしているが
このような時代には、日本にもともと在る「大地の生活に根づいた霊性」を
取り戻す必要があると痛切に思う。


投稿者 haruki : 2007年05月16日 23:55

大地と向き合う


里山では、今が田植えの季節。


冬には閑散としていた農道は
軽トラや苗を積んだトラックで賑わっている。


現在は、殆どの田圃では田植機を使用して苗を植えているが
それでも田植機では植えられない場所や、植え付けが抜けている箇所には
手作業で苗を植えている。


私が子供の頃は、東京でも腰がかなり曲がったご老人をお見かけしたが
最近、東京ではそのような方にお目にかからない。


しかし里山では、まだまだ腰の曲がっている方をよくお見かけする。


長い年月、田植えや畑仕事をしていると
このような姿勢が定着してしまうのだろう。



このような姿勢は、身体にとって無理な姿勢なので
腰はもちろんのこと、身体のいろんな部位に負荷がかかり
痛みが生じやすかったり呼吸も浅くなりやすい。
実際、腰痛を患っている方は多いと思う。


と同時に、長い時間この姿勢で作業をしていると
下半身はどんなに鍛えられることだろう。


また、私たちの心と身体は相関しているので
落ち込んだり抑鬱的な気分になると、頭が垂れ
背中が丸くなり猫背になる。


だから、腰が90度曲がっているご老人を観るにつけ
「空は見にくいし、下ばかり見ていると、気持ちも暗くなるのではないか」
という思いがあった。


それは当事者に訊いてみないとわからないことだが
ただ、下を向くということを、ネガティブに捉えている自分に気づいた。



この方達の生活は、大地と向き合っている生活だった。


人生の大半を大地と向き合っている方達は
どんな人生観、価値観をお持ちなのだろう。


「希望を抱いて上を向き、胸を張って生きていくこと」も大切なことだ。
しかし、大地と向き合って生きることは
別のリアリティを与えてくれるのかもしれない。


宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を思い出した。


投稿者 haruki : 2007年05月23日 13:22

大勢のお父さん


昨日は、夕方になり雨が上がったので温泉に行く。


露天風呂に入ると、いつも決まって地元の方達が会話をしている。
彼らの話題は、熊の出没についてや、農作物の出来不出来についてなど
生活に根づいたものなので、ついつい聞き耳を立ててしまう。


昨日は、お爺さんとお孫さんとの会話が、目を閉じている私の耳に入ってきた。
具体的な内容まではぼんやり聴いていたのでわからなかったが
お爺さんは元気な小さな女の子に少し手を焼いているようだった。


「そんなことをしているとおじさん達に笑われるぞ」
というお爺さんの言葉が聞こえてきた。


「そういう言い方をするから人の目を気にするようになるのに」
と思って目を開ける。


でもその場に流れていた空気は、微笑ましいものだった。


お爺さんの表情はなんとも穏やかで、優しいまなざしを女の子に向けていて
回りにいる地元の年配の方達も、笑顔でその女の子を見つめていた。


女の子も、皆から注目を浴びて恥ずかしがりながらも嬉しそうだった。



温泉から上がり脱衣所で服を着ていると
先ほどの女の子が、アイスクリームを食べながら私に近づき
「おじさん、さっき露天風呂に居たね」と話しかけてくる。


女の子の問いかけに応えているうちに
「おじさんもアイスクリーム食べない?」と、女の子は私を連れて食堂に走り出す。


一緒にアイスクリームを食べながら女の子の話を聴いていた。
お爺さんお婆さんと温泉に来ていること
お母さんが車で迎えに来ること
お父さんは単身赴任で中国に居てなかなか戻ってこないこと
戻ってこないお父さんが嫌いなことなど。


そんな話を私としている間も、地元の年配の男性達が女の子に声をかけていく。



里山では、何らかの事情で父親が不在でも、祖父など親戚はもちろんのこと
同じ集落に住む大人の男性達が、父親代わりになっている。
里山には、集落全体で子供を育てるという共同体が残っていた。


都会で、このように見ず知らずの子供と一緒にアイスクリームを食べていたら
親に警戒されたり怒られるかもしれない。
悲惨な事件がよく起きている現代では、それは致し方ないことだ。


しかし、大家族や共同体という社会的な器が失われていくことは
家族という器を脆いものにしていくように思えてならない。


都会に居ても、里山に残る「人への信頼」「思いやり」を大切にしたいと思った。


投稿者 haruki : 2007年05月31日 14:27

ご神木の大ケヤキ


今日、地元の友人夫妻に、とても良いエネルギーの神社があるから、と誘われ
彼らの車に付いて行った。


山に向かって走り続け、普通だったら見過ごすような道に入る。
その道は坂道になり、対向車とそれ違えないくらい細くなっていく。


こんなところに神社なんてあるのだろうか、と不安になったが
それ以上に期待に胸が膨らむ。


なぜなら、どんどん私の好きな空間になっていくからだ。


そのうち森に囲まれた、山間の小さな集落に入る。
そこに、緑深い山を背負った、質素な小さい神社があった。


神社の佇まいも素晴らしかったが
何よりも驚いたのは、神社の鳥居の両脇にどっしりと根を下ろした
幹周が優に10メートルは越えるであろう
推定樹齢700〜800年の大ケヤキだ。


このような大ケヤキに結界された神社の聖域は
神道特有の静寂さに包まれていて、居心地が良かった。



写真を撮っていると、寝間着姿のご老人がとぼとぼと
ゆっくりとした足取りで、神社に歩いてきた。


皆で挨拶を交わすと、そのご老人は、神社にお詣りをし
本堂の縁側で少し休んだかと思うと
神社を後にして来た道をゆっくりと戻っていった。


あのような足取りだと、神社まで歩いてくるのは大変だっただろう。
それでもお詣りをするというのは、ご老人の信仰心の現れだと思う。


やはり日常生活の場に、聖域があるのは素晴らしい。


この神社の片隅には、雑草に囲まれた石像が佇んでいた。


お気に入りの聖域がまた一つ増えた幸せな一日だった。


友人夫妻に感謝。




投稿者 haruki : 2007年07月14日 00:13

旅に魅せられて


先週も、紅葉盛りの山村に行き
色とりどりの景色に心を奪われて、シャッターを押した。


このように風景に魅せられ、心を奪われて
写真を撮っていると、少年時代を思い出す。


小学校高学年の頃から、旅と写真が好きで
愛読書は時刻表、という少々変わった少年だった。


実際、友達と鈍行列車に乗って日帰りの小旅行をしたものだった。


中学になると一人旅が好きになった。
中学2、3年と、2年続けて北海道に一人で行った。
この頃になると写真だけではなく、音にも興味を持ち
鳥の声や環境音を集めていた。


カメラとともに、テープレコーダーにヘッドフォン
それに集音機にするためのビニール傘とマイクを持ち歩いていた。
通り過ぎる大人たちには、物珍しいものを観るような表情で
振り返られたものだ。



北海道では、日の出とともに起き
朝の爽やかな空気感を何とか音にして収録しようと
テープレコーダーとマイクを持って林に入った。


小鳥のさえずりや、遠くから聞こえる犬の声などしか録れなかったと思う。


でも、小鳥のさえずりや犬の声ではなく、ざーっという雑音のような音が
その場の空気感を現しているように思えて
旅から戻ると、目を閉じて、ヘッドフォンから流れるざーっという音を聴き
その空気感を懐かしんだものだ。


旅や写真は、直接仕事には結びつかなかったが
ミュージシャンの時も出版社勤務の時も、全国を回り
車中からの景色をよく眺めるのが好きだった。


出版社に勤めていた時、社長から冗談まじりに
こんなことを言われたことがある。


「普通は皆、出張から疲れてやつれて帰ってくるのに
 お前は出張に出ると生き生きする。
 お前には、放浪癖があるな。」


そして今、その放浪癖が山村巡りになっている。



先週、山村から戻り、いつもの露天風呂に入りにいく。


いつもより遅い時間だったからか
露天風呂は私だけだった。


お気に入りの岩に身体を横たえて
うとうとと、うたた寝をする。


ふと目を覚ますと、人の気配を感じた。


こんなに遅い時間から入ってくる人もいるんだな、と目を開けると
金のネックレスをした、白髪で短髪の初老の方が入られていた。


目が合うと、「この温泉はいいねぇ」と話しかけてこられた。
それから、その方が行かれた全国の温泉の話をしてくれたり
この地方のことを私が話したり、楽しい時間を過ごす。


話をしていて徐々にわかってきたのは
その方はトラックの運転手さんだということだ。


「俺はよぉ、若い頃から一匹狼でな、トラックで全国回ってきたんだ。
 若い頃は、月に15,000キロ走っていたもんだよ。
 さすがに68歳にもなると、好きな仕事しかしねぇけどな。
 それでも、一昨日から900キロ走ってきたところでな、
 あともうすぐだから、ここの温泉に立ち寄ったんだ。

 
 こうやって全国回って、その土地の温泉に立ち寄って
 そこの人と話をするのが好きでなぁ。


 この歳になると、俺が走ることよりも若い衆に
 今まで俺がしてきたことを伝えることが
 俺のやるべきことだと思っとる。

 
 荷物を積みに工場に行って、大きな元気な声で挨拶する。
 そういうことっていうのはな
 太鼓と一緒でな
 打てば響いて必ず返ってくるんだよ。


 そういう小さなことの積み重ねで、仕事になっていくんだな。」


そんな話を、温泉の話などの合間にしてくださった。
優しい温厚そうな表情と話し方だったが
若い衆の話になると眼光が鋭くなり、厳しさが伝わってきた。



結局、温泉施設の閉館間際まで、二人だけになった露天風呂で話し込む。


久しぶりに優しさと厳しさを持つ、親分肌の人に出会えた。


そして、いろいろな場所を訪ねることが好きなことを再認識したひとときだった。


投稿者 haruki : 2007年11月01日 23:01

トラクターの威力


昨夜は、3時間半しか眠っていなかったが
朝起きて雨が上がっているのを確認して、実行することにした。


実行するのは、休耕地の開墾作業。


実は1年前、里山にある休耕地を地元の方からお借りしたが
この1年ずっと忙しくて、昨年は結局、刈払いもできなかった。


今年こそは、周囲の畑と田んぼに迷惑がかからないよう
せめて刈払いだけはしようと思っていたし
できるなら少しずつ開墾して、菜園を作りたいという思いもあった。


先週、休耕地の前を通ったときに
雑草がかなり背を伸ばしているのを目の当たりにしたことと
先週購入した越前と土佐の鍬を試したい気持ちもあったので
雨が降らなければ、今日開墾を始めようと決めていた。



休耕地に、鍬、鎌、刈払機、レーキ、シャベルなどを持って行く。


周囲の畑と田んぼの広さに比べると
休耕地は小さく見えていたが
実際に刈払いを始めると、広いこと広いこと。


100坪近くはあると思う。


刈払いが済み、刈った雑草をレーキで集める。


そして、鍬で土を耕していくが
長い間、休耕地になっていたのだろう
敷地一面に、ヨモギの根っこが蔓延っていた。


途方に暮れていると
お隣りの畑で作業をしていた知人が、声をかけてくださる。


「趣味で行うんだから
 楽しく農作業をしないとね。
 一度にやろうとするのではなく
 気長に、毎年少しずつ開墾して
 菜園を拡げていけばいいんだから。」


それもそうだな、と思い直して
開墾をしていると、車が停まり声が聞こえた。


声の主は、近くに住む知人だった。


「刈った草を脇にはけてくれれば
 トラクターを持ってきて一気にやってやるよ。
 トラクターだったら、このくらいの面積なら3分だから。」


10分ほどしたら、大きなトラクターがやってきた。


凄い勢いで土を耕していく。


感動ものだった。


感謝の気持ちを伝えてから
どのようにお礼をすればいいかを聴くと、こう言われた。


「そんなのいいんだよ。ボランティアさ。」


ありがたい。今度、お酒でも持って行こう。



越後奥寂庵にいたときに、好意で除雪作業を
あっという間にしてくれたことを思い出す。


越後は、摩訶不思議な土地で
何か困ったことがあると、必ず村人と出会って解決できたが
山梨もそうなんだ、と実感した。


大地の近くにいると、そのような共時的なことが起きるのかもしれないし
私が行くべき方向に、導いてくれているのかもしれない。


3時間半しか眠っていなくても
身心ともに、活き活きする農作業。


身心が活き活きすることは、自分へのメッセージ。


これからも時間が許す限り、農作業をしよう。


投稿者 haruki : 2010年05月25日 21:49

初雪


今朝起きて、窓の外を見ると
山の上が白くなっていた。


里山の木々は、紅葉し始めたところだけれど
山頂の雪を見ると、すぐそこまで冬が来ている感じがする。


紅葉が終わり、葉が落ちると冬に突入するだろう。



畑では、白菜、キャベツ、レタス、ブロッコリー、カリフラワー
スティックセニョールが大きくなり、畑に行くたびに収穫をしている。


残念ながら白菜は、苗を植える時期が少し早かったせいか
周りの畑に植わっている白菜に比べると、弱々しい。


季節に敏感にならないと、植える時期が分からないものだと痛感する。


「いつ何をすべきか」ということに敏感になることは
人間の成長にも通じることだと、農作業をしているとよく感じる。


ただ、いくら弱っていても、採れたての野菜は本当に美味しい。
白菜が、これほどみずみずしいものとは思わなかった。


最近植えた大根、ニンニク、小松菜、ほうれん草も
それぞれ元気に育っている。


タマネギ、エンドウ豆、スナックエンドウも早く植えよう。



毎年、この時期になると、地元の椎茸栽培をしている方に
薪ストーブ用の薪を持ってきて貰う。


軽トラからデッキに薪を積み上げた後
雑談をしていると、その方にこう言われた。


「畑、やっているねぇ。
 うちに使っていない農地があるんだよ。
 今、売りに出しているんだが
 もし売れなかったら、使ってもいいぞ。
 猿や鹿、猪が出るところだけれど、網を張れば大丈夫だから」


その方に教えて貰って、その場所に行ってみると
1反(300坪)以上ある農地だった。


用水路が通っているので水の心配もいらないし、良い土だ。


来年は、もっと畑を拡げたいと思っていた矢先だったので
とても嬉しかった。


その農地が売れてしまったとしても
休耕地を借りようと思っている。


来年は、耕耘機を手に入れないとな。



投稿者 haruki : 2010年11月02日 09:01

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