諏訪大社の御柱祭


昨日、越後奥寂庵から山梨まで戻る途中
長野県のある街に寄る。


なぜなら、その街には、僕のお気に入りのお店があるから。


南部鉄瓶、囲炉裏周りの器具、農具などを扱っている昔からの金物屋さんで
店主が全国を回って良い物だと認めたものや
職人さんに注文して作らせたものしか扱っていない。


今回は、南部鉄瓶を注文していたので、楽しみにしていた。


土佐と越前の職人さんが作った、お勧めの鍬2本と
左利き用の鎌もあったので購入する。


いつもその店に行くと
店主が飲み物と和菓子を用意してくださり
四方山話に花が咲く。



店主は、金物についてはもちろんのこと
文化、芸術、建築についての造形が深い。
それも地元のものから世界的なものまで広範囲だ。


芸術的な建築を行う
有名な建築設計事務所で設計をしていた経歴を持つので
話題は尽きない。


昨日も、居心地が良く3時間もお邪魔をしてしまった。



店主は、今年、諏訪大社の御柱祭の氏子として
一週間毎日祭りに参加したとのこと。


お店に訪れていた他のお客さんに、御柱祭の体験を店主が話していたら
今年は、死者が3名、けが人が数十名出たことに話が及ぶ。


そのことについて店主が言ったことが心に残った。


「亡くなられたのは残念なことですが
 彼らは死を覚悟して御柱に乗っています。


 6年間準備をして迎える祭りですし
 祭りに携わる人にとってみると、あれは最高潮になる瞬間なんですよ。


 あれは、イニシエーションであり
 山を信仰し、自然と神と自分が一体になる体験ですから
 死は、神と一体になることなので、彼らは死を怖れていないんです。


 そして、死の瞬間を子どもたちも観ている。
 そうやって、生と死を感じることも大事なことだと思います。」



精神性のために死を怖れない文化が
まだ日本に残っているとは、正直思わなかった。


店主に、北陸にある縄文遺跡はもともとウッドサークルで
それは聖なる魂を送る儀式なのではないかと
梅原猛氏が唱えていると話すと、店主はこう言われた。


「私たち人間が行うことは、昔も今もそれほど変わらないと思うんです。
 この辺りにも国宝の土器や土偶がありますから
 御柱祭の精神も、縄文時代のものが脈々と続いている可能性はありますね。」



僕は人混みが苦手なので、御柱祭を観に行ったことはない。


それでも、その場に居た人から話を聴くだけでも
伝統、祭り、歴史の重みを感じられた。


いつかは、御柱祭を観に行ってみたいと思った。


投稿者 haruki : 2010年05月18日 18:29

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