宵の明星


夕方6時頃、ふと窓の外に目を向けると
薄暗くなった空に、雪山が浮かび上がっていた。


冬の空、月光に照らされて浮かび上がる雪山を観るのが、私はとても好きだ。
もしかしたら、一年で一番好きな光景かもしれない。


私は、いろんなジャンルの音楽が好きだし
その時々の気分でお気に入りのCDは変わる。
でも、お気に入りのCDを一枚だけ選ぶのなら
Kamalの「Blue Dawn(蒼い夜明け)」だろう。


このCDの音は、月光に照らされて浮かび上がる雪山のイメージにぴったりなのだ。
透明感のある洗練された音楽は、ピーンと透き通った空気感と静寂さが現れている。


陽が沈み、闇が徐々に染み入ってくる。
この闇というのは、決して怖いものではなく
闇には闇の美しさがある。


それは、沈黙の美しさ。


その沈黙のなかで創造性は開花し
神話や芸術が生まれてきたのだ。


そんなことに思いを馳せながら山を観ていると
山頂の少し上に宵の明星が見えた。


後ろを振り向くと、満月に近い月が昇ってきていた。


「ようこそ、私たちの世界へ」と
月、星、山々に歓迎されているような気分になった。


徐々に自分のなかの創造性が開花していく。



たまに、夜9時頃に東京の仕事場に向かうことがある。
街灯がない森では、9時というとすでに真夜中である。


東京には11時を過ぎて着くが
都会では、たくさんの人々が騒ぎ
ネオンサインが眩しいほどに輝いている。


私は、森とは全く違うリアリティにいつも当惑する。
このリアリティの違いには慣れることはない。


投稿者 haruki : 2007年01月31日 23:19

無為の行為からの音


今日は、初夏のような陽気だったので
夜は、網戸で過ごす。


網戸にすると、夜の冷気と静けさが家に染み入ってくる。
それとともに遠くの里の田圃からカエルの合唱が聞こえてくる。


目を閉じ、音楽もテレビもない静けさのなか
ただ、遠くからのカエルの合唱に耳を済ましていると
季節を感じることはもちろんだが、心の琴線に触れる。


秋の夜に鈴虫の音に耳を済ますときと、同じ琴線に触れる。


それはなぜだろう。


私は、カエルの合唱や鈴虫の音は
静けさを遮る音ではなく、静けさに溶け入る音
私たちの心を、静けさのなかに埋没させてくれる音のように想う。


それは、あたかも山水画のようでもあり
禅寺にある獅子脅しのようでもある。


人工的に創り出した無音の環境よりも
むしろこのようなカエルの合唱や鈴虫の音があった方が
心の内にある静寂に至ることができるのかもしれない。


自然が奏でる音は、世界で著名な演奏家の演奏に引けを取らないと思う。
否、それ以上のものかもしれない。


なぜなら、表現しようという意図すらない無為の行為だから。


この無為の行為からの音だからこそ
私たちは、静寂に導かれるのだろう。



このような感覚を日本人は、古来から大事にしてきた。


日本人に生まれてきたことに感謝しつつも
日本人としてこの感覚を大切に育み
多くの人に分かち合いたいと思う。


投稿者 haruki : 2007年06月07日 00:05

夕暮れどき


夜になると、窓から冷たい外気が流れ込んでくる。


それは、確実に暑い夏が去り
秋であることを感じさせてくれる。


ひとつの季節が終わるとともに
暑い夏に起きた出来事も、ようやく一段落し
エッセイを書くゆとりが出てきた。



今年の夏は、本当に暑かった。


その暑さとともに、様々なことが立て続けに起き
その時々で対処しながらも、いろんな気持ちを感じてきた。


それでもまだ、自分のなかではすべてが動き続けている。
消化して自分の身となるには、もう少し時間がかかるだろう。


身近に病いがあり、老いがあり、最期の別れがあった。
それにともなって、いろんな人間模様があった。


そこで感じた気持ちは、未だ言葉にならない。



このような魂が震えるような体験は
言葉で理解しようとするより
心に響く音楽を、身体、感情、心、魂に染み込ませることで
自分自身に馴染んでいく感じがあった。


心に響く音楽は、古今東西関係なく
宗教性、精神性に深く根づいたものだった。



また、そのような気持ちを、言葉で表現するのではなく
心に響く音楽を流しながら、気持ちのままにドラムを叩いた。


徐々に思考が静まるとともに、意識が深まっていく。


深みには、静寂のなかに音になる気配があった。


その気配を感じてドラムを叩く。


ドラムの余韻が徐々に消えていき、静寂が訪れるとまた気配を感じる。


その気配から、また叩く。


そのようなことを続けていると
内面にある気持ちが微妙に変容していく。


神の恩寵が訪れる瞬間だった。



音楽とドラムが身近にあったおかげで
その後の日常では、深みを感じながらも
生きる喜びがあり、感謝があり、魂からの表現があり、分かち合いがあった。


やはり、魂、神に近づける音楽は、素晴らしい。


静寂からの音が、天国に届きますように。


投稿者 haruki : 2007年09月13日 00:37

黄金色の風景


今、田圃では、稲穂は頭を垂れ、稲の葉は黄緑色になり
遠くからは、田圃が黄金色に輝いて見える。


自分のエッセイの画像を振り返って観てみると
田圃の画像が多いことに、あらためて気づく。


このエッセイを始めるまで
これほど田圃の画像を撮るとは
予想だにしていなかった。


春、田圃に水が入り、水面に風景が映り風景が深くなっていた。
上の画像は、春先のエッセイ、「氏神様」で載せた画像と
同じ構図で撮影したものだが、同じ風景でも季節が変わると
こうも違う印象を与えてくれる。


森の緑を映していた水面は、今ではまるで黄金色の絨毯のようだ。



その後には、田植えがあった。
腰を屈めて植えられた小さな苗が、少しずつ育っていった。


植えられてすぐの頃は、少し緑色はしているものの
まだ、風景を水面が映し出していた。


そして梅雨の時期に、苗はぐんぐんと成長し
夏になると、青空と積乱雲の下
田圃は深い緑色で、そよ風になびいていた。


そして秋の今、一面の黄金色になり、収穫の時期を向かえている。



このように木で稲架を組んで
刈り取った稲穂を掛けていく天日干しは
まだまだこの地には多い。


コンバインで刈り取って火力で乾燥させる行程に比べると
天日干しは、人の手で行うので
かなり手間暇がかかるらしい。


それでも、天日干しにするのは、味が如実に違うから。



コンバインで刈り取って、火力で急激に乾燥させるのとは違い
自然の太陽の光ものと、徐々に乾燥させていくことで
米が割れにくいそうだ。


そして刈り取られた後も、最後の最後まで
栄養分を米に送っていると聞いたこともある。


ありがたいことに、もうすぐ天日干しの新米が店先に並ぶ。


天日干しを行っている農家の方々に感謝である。



黄金色の田圃の上には
赤とんぼがたくさん飛んでいた。


その光景を見ていたら、「赤とんぼ」を口ずさんでいた。


20代、30代と、唱歌を口ずさむことはなかったが
このように里山の近くに住むようになって
唱歌というものが、里山の風景をいかに美しく表現しているか
よく分かった。


唱歌の表現する日本の美しさが、なるべく多く残されますように。


投稿者 haruki : 2007年09月19日 22:01

旅に魅せられて


先週も、紅葉盛りの山村に行き
色とりどりの景色に心を奪われて、シャッターを押した。


このように風景に魅せられ、心を奪われて
写真を撮っていると、少年時代を思い出す。


小学校高学年の頃から、旅と写真が好きで
愛読書は時刻表、という少々変わった少年だった。


実際、友達と鈍行列車に乗って日帰りの小旅行をしたものだった。


中学になると一人旅が好きになった。
中学2、3年と、2年続けて北海道に一人で行った。
この頃になると写真だけではなく、音にも興味を持ち
鳥の声や環境音を集めていた。


カメラとともに、テープレコーダーにヘッドフォン
それに集音機にするためのビニール傘とマイクを持ち歩いていた。
通り過ぎる大人たちには、物珍しいものを観るような表情で
振り返られたものだ。



北海道では、日の出とともに起き
朝の爽やかな空気感を何とか音にして収録しようと
テープレコーダーとマイクを持って林に入った。


小鳥のさえずりや、遠くから聞こえる犬の声などしか録れなかったと思う。


でも、小鳥のさえずりや犬の声ではなく、ざーっという雑音のような音が
その場の空気感を現しているように思えて
旅から戻ると、目を閉じて、ヘッドフォンから流れるざーっという音を聴き
その空気感を懐かしんだものだ。


旅や写真は、直接仕事には結びつかなかったが
ミュージシャンの時も出版社勤務の時も、全国を回り
車中からの景色をよく眺めるのが好きだった。


出版社に勤めていた時、社長から冗談まじりに
こんなことを言われたことがある。


「普通は皆、出張から疲れてやつれて帰ってくるのに
 お前は出張に出ると生き生きする。
 お前には、放浪癖があるな。」


そして今、その放浪癖が山村巡りになっている。



先週、山村から戻り、いつもの露天風呂に入りにいく。


いつもより遅い時間だったからか
露天風呂は私だけだった。


お気に入りの岩に身体を横たえて
うとうとと、うたた寝をする。


ふと目を覚ますと、人の気配を感じた。


こんなに遅い時間から入ってくる人もいるんだな、と目を開けると
金のネックレスをした、白髪で短髪の初老の方が入られていた。


目が合うと、「この温泉はいいねぇ」と話しかけてこられた。
それから、その方が行かれた全国の温泉の話をしてくれたり
この地方のことを私が話したり、楽しい時間を過ごす。


話をしていて徐々にわかってきたのは
その方はトラックの運転手さんだということだ。


「俺はよぉ、若い頃から一匹狼でな、トラックで全国回ってきたんだ。
 若い頃は、月に15,000キロ走っていたもんだよ。
 さすがに68歳にもなると、好きな仕事しかしねぇけどな。
 それでも、一昨日から900キロ走ってきたところでな、
 あともうすぐだから、ここの温泉に立ち寄ったんだ。

 
 こうやって全国回って、その土地の温泉に立ち寄って
 そこの人と話をするのが好きでなぁ。


 この歳になると、俺が走ることよりも若い衆に
 今まで俺がしてきたことを伝えることが
 俺のやるべきことだと思っとる。

 
 荷物を積みに工場に行って、大きな元気な声で挨拶する。
 そういうことっていうのはな
 太鼓と一緒でな
 打てば響いて必ず返ってくるんだよ。


 そういう小さなことの積み重ねで、仕事になっていくんだな。」


そんな話を、温泉の話などの合間にしてくださった。
優しい温厚そうな表情と話し方だったが
若い衆の話になると眼光が鋭くなり、厳しさが伝わってきた。



結局、温泉施設の閉館間際まで、二人だけになった露天風呂で話し込む。


久しぶりに優しさと厳しさを持つ、親分肌の人に出会えた。


そして、いろいろな場所を訪ねることが好きなことを再認識したひとときだった。


投稿者 haruki : 2007年11月01日 23:01

師匠逝く


先週の日曜日に
20数年前にお世話になったドラムの師匠が、死去された。


享年49歳だった。


丁度、師匠が生死の境を彷徨っていた時
ライムワークスのコンサートとワークショップを行っていた。


ドラマーの仕事を辞めてからの20数年間
趣味でドラムセットに座ることはあっても
お金を戴いて、ドラムセットに座ることはなかった。


それが、今年の9月から、ライムワークスとして活動するようになり
先週末のコンサートでは、20数年ぶりに2時間近く演奏した。


そして、師匠が死去された日曜日
ワークショップで、参加者たちに師匠の話をしていた。


久しぶりに師匠のことを思い出し
師匠との間で経験したことを話していた
丁度その頃、師匠が死去された。


翌日、訃報を知り、愕然とした・・・。



自分の人生を振り返るとき
もう一度お会いして
心から感謝の気持ちを伝えたい人の顔が数人、思い浮かぶ。


その時々で、お礼を言ってきたと思うけれど
若い頃は、生きることに必死で、自分のことしか見えず
無我夢中に突き進んでいたので
心の底から感謝の気持ちを伝えていないように思う。


今だからこそ、その時に施された行為や気持ちが
どれほど、自分の助けになったかがよく分かる。



感謝の気持ちを伝えたい数人のうちのひとりが、師匠だった。


今、感じている気持ちが、師匠に届きますように。


ひぐっつぁん、ありがとう。


投稿者 haruki : 2008年12月06日 15:06

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