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純粋さ


3年前から、ある自治体で月2回ずつ介護予防教室をさせて頂いている。


介護予防教室というのは、65歳以上の方を対象にして
いつまでも元気に過ごすことができることを目的としている教室である。


教室では、免疫機能とセロトニンを活性化し
敵意、不安、緊張、混乱を鎮め、積極性と意欲を高めるために
パーカッションを用いてプログラムを進行している。


この11月から後期教室が始まった。


同じ参加者で12回、半年続けるので
今回の教室では、どのようなリズムが奏でられ
どのような気持ちの分かち合いが起きるのかが楽しみだ。



前期教室に毎回休まずに、遠くから杖を突きながら歩いてこられた
80代の女性をよく思い出す。


この方は、2年前にご主人を亡くされ、その後、欝をわずらっていた。

また、脳梗塞の影響で言葉が思うようにすらすらとは出てこない。



そのような心身の状態であり、一人暮らしでもあるために

ご子息が心配されて、介護予防教室を勧めたのであった。



この方が喋る言葉は、確かにとつとつとしていた。



しかしその一言一言が、ハートから発せられていた。



それは、感情とつながった言葉であり、自分に正直な言葉であり

言葉が発せられる前の息遣いや表情、手の動きから伝わる気持ちであった。

その一言一言は、私を含め、他の参加者たちの心に響き

その場全体を温かな空気で満たしていった。



ここで、その空気をお伝えできないのが残念である。



ただ、ここで言えることは

どんなに心に辛い思いを抱き、身体が思うように動かなくても

その場にいる人々の心を温かくするほどの純粋さを保つことができる、ということ。



私たちは、自分の価値を実感するために

地位や知識、ものを獲得しようと
あくせく努力している。



でも、この方のあり方から
人間にとって「本当に大切なものは何か」ということを教わった。



前期最後の教室が終わり、楽器を片付けて、車で施設を後にした。



少しして車窓から、参加者の一人がその方の手を引いて踏切を渡る姿が見えた。



お二人の歩いている空間には、教室にあった温かな空気が満ちていた。

言葉に尽くせない瞬間だった。



投稿者 haruki : 2010年11月22日 01:07

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