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田の字型という間取り


長い間、多くの古民家を観てきたが
越後奥寂庵も含め、例外なく「田の字型」の間取りだった。
文字通り「田」の形をした間取りである。


私は、小学校4年生までは社宅住まい
その後は、普通の住宅に住んできたので
田の字型の間取りでの生活は、体験がない。


以前、地元の方と、その方の家の前で立ち話をしていた時
大きくて立派な家であることを褒めるとこう言われた。


「昔ながらの田の字型の家だから」


廊下もない、田の字型での生活を想像すると
部屋と部屋がふすまで仕切られているだけなので
台所や洗面所の行こうとすると、他の部屋を通らなければならない。


プライバシーがない環境である。



悩みを持って相談に来る方の話のなかで
嫌な思い出として、よく聴くことがある。


それは、思春期の頃、親に自分の部屋に無断で入られて掃除をされる体験や
自分宛のはがきや手紙、日記などを親に読まれる体験である。


自分の子どもであっても、親の所有物ではないので
子どもを一人の人間として尊重すべきだと思うし
特に思春期になれば、秘密を持つことは子どもにとって自立への大切な要素となる。


子どもを愛しているからこそ、心配をし、面倒をみる親の気持ちもわかるが
同時に、子どもの秘密や尊厳をも大事にして貰いたいと思う。


ただ、田の字型の間取りを観ていて、このようなことは
単に、個々の関係性に寄るものだけではないと、思うようになった。



私たちの心、身体、精神は、意識するしないにかかわらず、環境の影響を受ける。
家族との関係はもちろんであるが
生活空間である住環境から受ける影響も大きいと思う。


日本は何百年と、田の字型の間取りにふすまや障子という生活空間だった。


それは、個を重んじる家造りではなく
部屋を繋ぎ、人の和を大切にした家造りである。


冠婚葬祭時には、ふすまが外されて大広間となり
ハレの舞台となることからもうなずける。


ふすまや障子で仕切られた家では、何処にいても
家族の気配や息づかいが感じられ
家族は各々の状態を、言葉を交わさなくても
察することができたのではないだろうか。


そのような環境から私たちは、言葉で確認し合うことよりも
察しあうこと、気持ちを汲み取ること、息を合わすことなど
非言語レベルの関わりと感受性を発達させていったのだろう。


また、ふすまや障子という淡い境界であるために
「親しき仲にも礼儀あり」という諺が示すように
逆に、礼節、義、仁、惻隠という日本的な美質が培われたように思う。



ところが、ここ数十年ほどで、住環境は大きく変わった。


1960年頃から文化住宅という和洋折衷の住宅が建ち始め
最近では、壁それ自体が構造物となるツーバイフォー、ツーバイシックス工法など
アメリカ生まれの家が多くなった。


マンションはもちろんのこと、そのような家は
部屋を繋ぎ、人の和を優先した家造りではなく
部屋を明確に分け、個を重んじることを優先した家である。


鍵をかければ家族から離れ、自分の世界に没入できることは
とても恵まれていることだ。


それは、西洋の「個」を重んじる良さであり
日本文化のなかに取り入れていく必要はある。


しかし同時に、気配を察するという非言語レベルの関わりと感受性が
長い年月をかけて、遺伝子レベルや民族的な集合無意識に染みついた
私たちにとって、混乱も生じているようにも思う。


頑丈な壁に仕切られた部屋にいる子どもの気配を感じ取ろうとしても難しく
西洋で長い年月をかけて形成されていった、個を重んじる関係の築き方もわからない親は
やむにやまれず、子どもの部屋に勝手に入り
子どもの状態を把握しようとしている部分もあるように思う。


また、「親子であろうとも人間として対等であり
責任と自己主張を伴う個人主義」が徹底されないなかで、子どもに個室を与えることは
子どもが周りへの気遣いをせず、好き勝手に行動する
一因となっているかもしれない。


数百年かけて培われた住まいの構造が、短期間に変われば
そこに住む人々の身体と心、関係性は、変化について行くことは難しいし
混乱するのが当たり前だろう。



日本は昔から、渡来するものを柔軟に吸収して
自分のものにするという懐の深さを持っているから悲観はしていない。


ただ、時間はかかるにしても
日本的な良さと弱さ、西洋的な良さと弱さ双方に目を向けて
どのように統合していくかを模索することは、大事だと思う。



投稿者 haruki : 2009年02月10日 01:53

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