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結界と縁


先週、山村に行った折りに、地元の里人から
代々暮らしてきた集落の歴史や家の歴史など
その地にまつわる、いろいろな話を聴く機会があった。


昔は養蚕や麻栽培で生計を立てていたこと
明治時代には、火災が起きて、家屋が茅葺きだったために
集落全体に燃え移ってしまったこと
その後は、火事が起きても燃え移らないように
茅葺きではなく土蔵造りの家が増えたこと、など
決して観光雑誌には取り上げられることもない
小さな集落の話をしてくださった。


車で通りすぎれば、簡単に見過ごすような集落だったが
その地の里人と関わると、いろんなものが見えてくる。


そのような話を聴いているなかで
心に残る言葉があった。


「田舎だと、お隣りさんとの敷地の境界ははっきりしねぇんだよ。
 そんなこと、こだわらねぇからな。まぁ、大体、あの辺りだろうな。」


里人と接していて、いつも感じることは
代々受け継がれている土地をどれだけ大事にしているか、ということである。


しかし、この言葉からわかるように
それだけ大事にしている土地にもかかわらず
敷地の境界にはこだわりを持っていないのだ。


都会とは違い、里人は農地を含めると広い土地を持っているから
境界が明確でなくても困らないのだろう。


ただ、それだけではない、文化的な作用、精神的な作用が
働いているように感じられた。



そのことを考えて思い浮かぶのは、「結界」と「縁」という思想だ。


結界は、神道や仏教から来る思想であり
一定範囲の空間を区切るもので
生活には直接必要ではないものを配したり
意図的に段差を設けるなどをして、作られている。


里山に居ると、いろいろな結界が見えてくる。
集落の境にある道祖神や結界石、神社の鳥居、寺院の本堂に至る石段
家屋の門、玄関の扉、土間からの上がりかまち、敷居や畳縁など。


私たちは意識していなくても、人の家や神社を訪れる際
一礼をして鳥居や門をくぐり
履き物を脱いで建物に上がり、敷居や畳の縁をまたいでいく。
それに伴い、その空間の気配を察し、その空間に意識を合わせ
気持ちを新たにし、作法を変えていく。


それだけ私たちは、結界に区切られた空間を尊重している。


「郷に入れば郷に従え」という諺も、結界の思想から来たものだろう。



この結界によって区切られた空間を結びつけるのが
「縁」というものである。


この「縁」というのは、境界線と言われるような「線」ではなく
民家の縁側のような、空間として存在する。


縁側は、ソトでもありウチでもある曖昧な空間だ。


民家の軒先にかかる暖簾や生け垣、垣根のような
見えそうで見えない結界も、縁側と同じ曖昧な質を持っている。


このように、日本では、結界に区切られた空間は尊重されつつも
隣り合う空間は、曖昧な空間である「縁」によって結ばれている。



このような「結界」と「縁」の思想に基づく空間の区切り方は
日本人の精神構造に現れていると思う。


空間を人に置き換えてみると
自分と他者の互いの質は、境界によって尊重されながらも
縁側のような、自分と他者が混じり合う場が存在していることになる。


日本人は、その混じり合う場での出会いを大切にしてきたからこそ
明確な自我境界で衝突することはせずに
言葉以外での間接的な表現、察し合う感受性、譲り合いの精神を育んできたように思う。


そして、この自他が混じり合う場において、共時的な出会いが起きる。
「袖振り合うも多生の縁」とは、このことを意味している。


以前、河合隼雄氏の書籍にも書かれてあったが
本来日本人は、自我よりも自己と親和性が高い。


それはまさに、お隣りさんとの敷地の境界にはこだわりを持たないが
代々受け継いできた土地を大切にする里人の精神と重なる。


「自己の内奥と繋がっているからこそ、曖昧な境界を持つことができる強さと柔軟さ」


これこそが懐の深い、日本人の精神だと思う。


私たちは、日本人に備わる精神性を見直す必要はないだろうか。



現代は、インターネットを初めとして、外資系企業の進出を含め
グローバル化やバリアフリーが求められる時代だ。


その時代の流れのなかで、日本人が不足している
自己主張すること、責任の所在を明確にすること、公私混同を避けることなど
自我境界のしっかりした西洋から学ぶべきことは多い。


しかし、そればかりを良しとして、本来私たちの身体と心に備わっている
美質までをも失ってしまうなら、私たちは根無し草になり
国際社会のなかで右往左往するだけだろう。


日本の精神的美質と大地に根を下ろした上で
西洋の素晴らしいものを吸収し
東洋と西洋を統合していくことが、日本人としてのあり方だと思う。


投稿者 haruki : 2007年08月01日 22:47

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